関根大気の出身高校
関根大気 プロ野球選手
- 関根大気卒業高校
- 東邦高校 偏差値 愛知県高校偏差値ランキング
- プロ野球選手ランキング
- 1123位 / 4783人中 プロ野球選手別偏差値ランキング
- 性別
- 男性
- 生年月日
- 1995年6月28日生まれ
関根 大気(せきね たいき、1995年6月28日 - )は、横浜DeNAベイスターズに所属する愛知県海部郡蟹江町出身のプロ野球選手(外野手)。
小学校1年生から野球を始めると、愛知県春日井市立石尾台中学校時代には、軟式クラブチームの「守山クラブ」で投手兼中堅手としてプレー。東邦高等学校への進学後には、2年生から「1番・中堅手」としてレギュラーに定着したものの、春夏を通じて全国大会への出場経験がなかった。
高校時代の通算本塁打は33本で、俊足強肩の持ち主であることに加えて、厳しいトレーニングの成果で2年生の秋から28本塁打を放ったことを複数の球団が注目。2013年のドラフト会議で、横浜DeNAベイスターズから5巡目指名を受けて入団した。担当スカウトは大久保弘司。背番号は、当初52が予定されていたが、同年12月にオリックスから移籍してきたアーロム・バルディリスが阪神、オリックス時代に着けていた52番を希望したことにより、63に変更された。
春季キャンプ前の新人合同自主トレーニングで動きの良さを首脳陣に評価されたことから、同期の高卒新人選手からただ1人、春季キャンプの一軍メンバーに抜擢された。DeNAで高卒の新人選手が春季キャンプの最初から一軍メンバーに入ったのは、横浜ベイスターズ時代の2000年に、当時の一軍監督・権藤博の方針で(高卒を含む)新人8選手を全員一軍のキャンプへ参加させて以来14年振りである。キャンプ中には、2月19日に実施された韓国プロ野球・起亜タイガースとの練習試合で、9回裏1死満塁から「対外試合初安打・初打点」となるサヨナラ安打を放った。なお、キャンプ後には一軍のオープン戦にも帯同。東邦高校卒業式の翌日(3月2日)に地元のナゴヤドームで開かれた中日ドラゴンズ戦には、家族が見守る前で、「1番・中堅手」としてスタメン出場を果たした。しかし、4打数1安打3三振に終わったことから、試合後に二軍での調整を命じられた。なお、レギュラーシーズンでは、イースタン・リーグ公式戦101試合に出場。打率.271、99安打、6本塁打という好成績を残した。10月4日には、東京ドームの対読売ジャイアンツ(巨人)戦に、「1番・右翼手」としてスタメンで一軍デビュー。1回表の第1打席で小山雄輝から一軍初安打を放ったことを皮切りに、2安打を記録した。なお、11月25日には、推定年俸600万円(50万円増)で契約を更改。12月には、自身と同じ左打ちの外野手であるメジャーリーガーの青木宣親と共に、東京都内で自主トレーニングに励んだ。
前年に続いて、春季キャンプを一軍で迎えた。オープン戦の中盤に打撃不振で二軍降格の危機に見舞われたが、開幕一軍入りを果たすと、巨人との開幕戦(3月27日・東京ドーム)の9回表に代打で出場。澤村拓一から一軍での初本塁打を放った。開幕戦での代打本塁打はセントラル・リーグ史上8人目だが、一軍での初本塁打にもなったのはリーグ史上初の快挙。また、この時点で19歳だったことから、リーグ最年少の開幕戦本塁打にもなった。しかし、5月22日の対阪神戦(横浜スタジアム)9回裏の走塁ミスで左足かかとを負傷したため、2日後の24日に出場選手登録を抹消。6月28日に再登録を果たしたが、バッティングの調子を著しく崩したことから、以降は一軍と二軍の往復に終始した。一軍公式戦では58試合の出場で打率.222、1本塁打、10打点という成績にとどまったが、11月24日には、推定年俸1,050万円(450万円増)で契約を更改。翌25日からは、台湾でのウィンターリーグへ派遣されている。
50メートル走5秒台の脚力と遠投115メートルの強肩、さらに高い野球センスを併せ持つ。小柄な体格ながら、高校2生の秋以降は、「(阪神タイガースの現役選手時代に左の強打者として一世を風靡した)掛布雅之の再来」と称されるまでに長打力を急速に開花させた。
横浜DeNAへの入団後は、「愛知県出身」「走攻守揃った左打ちの外野手」「高校からのドラフト下位指名でプロ野球選手としてのキャリアをスタート」といった点でイチローと共通していることなどを理由に、当時の一軍監督・中畑清からイチローを超える選手になることを期待されていた。ただし、本人によれば、守備の面ではプロのレベルに達していないとのことである。
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