長谷部康平の出身高校
長谷部康平 プロ野球選手
- 長谷部康平卒業高校
- 杜若高校 偏差値 愛知県高校偏差値ランキング
- プロ野球選手ランキング
- 2760位 / 4783人中 プロ野球選手別偏差値ランキング
- 性別
- 男性
- 生年月日
- 1985年5月21日生まれ
長谷部 康平(はせべ こうへい、1985年5月21日 - )は、東北楽天ゴールデンイーグルスに所属する岐阜県関市出身のプロ野球選手(投手)。
小学2年で野球を始めると、中学時代には岐阜中濃シニアでプレー。愛知県の杜若高等学校時代には、後に名城大学を経て中日ドラゴンズへ入団する山内壮馬とエースの座を争いながら、背番号1番と10番を交互に付け合った。ちなみに、在学中には春・夏とも全国大会への出場経験がなく、3年生夏の愛知県大会でベスト4に入ったことが最高の成績だった。
愛知工業大学への進学後に、1年春の愛知大学野球リーグ戦で初登板。3年時からエースとなり、3年生としては唯一人第35回日米大学野球、第3回世界大学野球選手権の代表に選出される。4年秋の名古屋商大とのリーグ開幕戦にて17奪三振を記録。同年8月、北京五輪プレ大会に選出され優勝に貢献。同年11月、第37回IBAFワールドカップに選出され、抑えとして5試合に登板、無失点の好投を見せる。同年12月、プロ野球選手で構成された北京五輪アジア予選メンバーに唯一アマチュアから選出され優勝を果たす。リーグ戦通算21勝21敗、防御率2.39。北京五輪アジア予選メンバーは、楽天を除く11球団からの選手で構成されていたが、大会準備期間中に楽天が長谷部をドラフトで引き当てたため、全球団が揃うこととなった[注釈 1]。
2007年の大学・社会人ドラフトで大場翔太、加藤幹典とともに「大学BIG3」と呼ばれ注目を浴び、中日、広島、ロッテ、西武、楽天の5球団から1位指名を受けた。抽選の結果、楽天が交渉権を獲得。契約金1億円、年俸1500万円+出来高5000万円で仮契約した。背番号は「20」。
常時140km/h前後のストレートと大小のスライダーやチェンジアップなどの変化球を投げ分ける左腕。
基本的に器用な投手で、他にも多くの変化球を投げることができるが、特段大きな変化をする球種はあまりない。独特のテークバックを持ったフォームを強みにして打ち取る投球が得意。
ストレートはアマチュア時代に152km/hを記録しているが、プロ入りして手術後は最速148km/hほどになっている。それでもサイドスロー気味の左腕としては十二分に速く、フォームは特異だが、スタイルは本格派に近い。2008年度は半月板の怪我でかなり窮屈な投球になっていたが、現在はサイド気味のスリークォーターからオーバースロー気味のスリークォーターにフォームを改造。変化球も腕の高さを上げた事により縦の変化を交えたピッチングしている。
課題は制球力。四球で自滅することが多い。2010年9月3日の埼玉西武ライオンズ戦(Kスタ宮城)に先発した際、1回表に1番片岡易之から3者連続四球で無死満塁。続く4番ホセ・フェルナンデスにも四球を与え、押し出しで1点を失う。さらに5番中村剛也に満塁ホームランを打たれ5点目を失うも以降3人をいずれも三振で打ち取り、この回を終えた。投球内容は「四球-四球-四球-四球-本塁打-三振-三振-三振」。「野手の守備機会0で5失点」というイニングになった。 またこの試合の1回表で四球を選んだ1番片岡から4番フェルナンデスまでの4人は一回もスイングしておらず、中村の満塁ホームランがこの試合の両チーム初スイングとなった。
杜若高校時代のチームメイトだった山内とは、卒業後も仲が良い。2007年の大学・社会人ドラフト会議では、抽選の末に長谷部の交渉権を獲得できなかった中日が、ドラフト1巡目での再入札を経て山内を獲得した。山内は2015年のシーズン終了後に戦力外通告を受けたが、秋季キャンプでの入団テストを経て楽天に入団したため、2016年からは再び長谷部のチームメイトになる。
また、2007年に楽天へ入団した永井怜は、大学時代からの知り合いでもある。2015年には、永井が現役を引退したことを機に、永井の付けていた背番号30を引き継いだ。永井も、背番号の変更が発表された直後に自身のtwitter公式アカウントを通じて長谷部への激励ツイートを発信している。
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