長谷川誠の出身高校
長谷川誠 スポーツ選手
- 長谷川誠卒業高校
- 能代工業高校 偏差値 秋田県高校偏差値ランキング
- スポーツ選手ランキング
- 1935位 / 2530人中 スポーツ選手別偏差値ランキング
- 性別
- 男性
- 生年月日
- 1971年4月2日生まれ
長谷川 誠(はせがわ まこと、1971年4月2日 - )は、日本のプロバスケットボール選手、指導者である。bjリーグ・秋田ノーザンハピネッツのヘッドコーチを務めている。"Mike"(マイク)の愛称で知られる。
能代工業高校、日本大学を経て1994年に日本リーグの松下電器に進み、この年リーグ優勝、新人王とMVPを同時に獲得。その後ゼクセルを経て2000年にアメリカ・ABAのサンディエゴ・ワイルドファイヤ(英語版)に1シーズン加入した。帰国後はいすゞ自動車、新潟アルビレックスBBを経て、2010年より秋田ノーザンハピネッツのプレイングマネージャーを務めてきたが、2012-13シーズン限りで現役引退した。日本初のプロ選手契約を結んだ選手であり、また日本人で初めて日本国外のプロリーグに所属した選手でもあった。ポジションはポイントガード。現役時代の身長186cm、体重85kg。
引退後は秋田のテクニカルディレクター職を経て、2014-15シーズンよりヘッドコーチに就任することとなった。
1971年、秋田県横手市(旧平鹿郡雄物川町)に生まれる。小学5年生の頃からバスケットボールを始め、雄物川中学校時代には3年次に東北大会3位入賞。能代工業高学監督の加藤廣志にスカウトされ同校に入学した。それまではセンターのポジションであったが、高校ではガードに転向し、同級生の関口聡史らと共に1987年の選抜大会、1988年の国体とウィンターカップ、1989年のインターハイと国体の優勝に貢献。高校卒業後は関口とともに日本大学に進学し、4年次には大学三冠も経験した。
1994年、松下電器に入団、初年度よりチームをリーグ優勝に導き、日本リーグ新人王とMVPを同時に獲得した。
1996年、この年日本リーグ2部に加入したゼクセルに移籍。初年度に2部リーグを制覇し、1部昇格を果たす。また同年1月2日に放送されたテレビ番組『最強の男は誰だ!壮絶筋肉バトル!!スポーツマンNo.1決定戦』では池谷幸雄らを抑え総合No.1となった
1997年、ゼクセルとプロ契約を結び、日本初のプロバスケットボール選手となった。
2000年、ABAのサンディエゴ・ワイルドファイヤに移籍。男子バスケでは日本人初の海外プロリーグ選手となった。
2001年に帰国し、JBLスーパーリーグのいすゞ自動車に入団。JBL準優勝、アジアバスケットボールリーグ準優勝などに貢献したが、チームはこの年限りで休部となり、翌2002年、新潟アルビレックスBBに移籍する。2005年にアルビレックスがbjリーグに移籍し、翌2006-07シーズンに行われたオールスターゲームに選出。JBLとbjリーグ両方のオールスターに選出された初の選手となった。アルビレックスには2009-10シーズンまで所属し、その間2005-06シーズン、2006-07シーズンの2度、フリースロー成功率2位にランクインした。
2010年にフリーエージェント宣言を行い、同年に設立された秋田ノーザンハピネッツに移籍。当初球団はヘッドコーチ就任を打診しており、先に監督契約で合意していたが、現役続行を望む長谷川の意向に応え、bjリーグ史上初のプレイングマネージャーとして契約。長谷川はフロント業務兼任となり、試合の指揮はヘッドコーチが執った。しかしハピネッツ所属初年度となる2010-11シーズンこそ33試合・356分に出場したものの、翌2011-12シーズンには18試合・122分、さらに次の2012-13シーズンでは44試合を消化した時点で出場8試合・32分と、怪我などの影響で出場機会は徐々に少なくなっていた。
レギュラーシーズン8試合を残した2013年4月2日、自らの42歳の誕生日に記者会見を開き、2012-13シーズン限りでの現役引退を表明。シーズン終了後は指導者を目指す意向を明らかにした。
バスケットボール男子日本代表としては1994年から2000年までの7年間にわたって選出され、1994年に広島県で開かれたアジア大会では3位入賞、翌1995年に福岡県で行われたユニバーシアードでは大会得点王となり、日本を準優勝へ導いた。また1998年には、31年ぶりとなる世界選手権出場を果たした。
引退後は秋田ノーザンハピネッツのテクニカルディレクターに就任し、チーム編成とフロント業務などを担った。また、日本バスケットボール協会3x3推進室専門委員にも就任した。2014年1月25日には、日本人選手としては初となる引退試合を開催した。
2014年7月1日、それまで秋田のヘッドコーチであった中村和雄の後任として、ヘッドコーチに就任した。
2014年1月25日に秋田市立体育館で行われた引退試合は、翌26日にで行われるbjリーグオールスターゲームのイベントの一環として行われたものであった。長谷川は親交のある選手や元選手を集めた「長谷川フレンズ」を結成し、長谷川の母校である能代工業高校と対戦した。対戦相手に能代工業を選んだ理由として長谷川は、近年全国制覇から遠ざかっている母校の強化を挙げた。2,214名の観客の前で行われた試合は長谷川フレンズが72対61で勝ち、長谷川は11得点を挙げた。
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