池ノ内亮介の出身高校
池ノ内亮介 プロ野球選手
- 池ノ内亮介卒業高校
- 中京高校 偏差値 岐阜県高校偏差値ランキング
- プロ野球選手ランキング
- 1842位 / 4783人中 プロ野球選手別偏差値ランキング
- 性別
- 男性
- 生年月日
- 1988年11月22日生まれ
池ノ内 亮介(いけのうち りょうすけ、1988年11月22日 - )は、三重県伊賀市荒木出身のプロ野球選手(投手)。
三重県伊賀市立中瀬小学校時代、1年生の頃に中瀬ヒュービーズに入部し野球を始める。同桃青中学校時代には伊賀ボーイズに所属し、遊撃手としてプレー。高校はプロ野球出身者も多い岐阜県にある中京高に進学。当時は、外野手兼控え投手であった。同期に高森勇気、大抜亮祐がいた。中京学院大学に進学すると、本格的に投手に転向。チームでは二番手ながら先発の柱として活躍。中日ドラゴンズの二軍と対戦した際、直球だけで1イニングを無失点に抑えたこともあり、中日をはじめプロのスカウトも視察に訪れるようになる。
その後、スピードのあるピッチングがプロに見出され、2010年10月28日のドラフト会議では、広島東洋カープに育成ドラフト2位にて指名される。中京学院大の選手が指名されるのは1993年の創部以来初。また東海地区大学野球岐阜学生リーグから直接ドラフトで指名されたのは、1993年に西武から2位で指名され、後に広島にも所属した朝日大学の山田潤以来、17年ぶりとなる。
2011年はウエスタン・リーグでの登板1回のみで終わるが、フェニックス・リーグでは9試合でリリーフ登板した。
2012年、前年のフェニックス・リーグでの投球を評価され、一軍の春季キャンプのメンバーに選ばれた。育成選手が一軍キャンプに参加するのは異例で、広島では育成選手制度が導入されてから初である。
2013年は四国アイランドリーグplusの愛媛マンダリンパイレーツへ派遣されたが、リーグ最多の72与四球、同2位の14与死球と広島入団時からの課題である制球には改善が見られなかった。しかし先発の一角として小林憲幸とともにチーム最多の12勝をマークしたことなどが評価され、11月1日に支配下登録選手されることが発表された。背番号は「121」から「68」となる。
2014年7月14日に初めて一軍登録され、翌7月15日の対横浜DeNAベイスターズ14回戦で中継ぎでプロ初登板、1回を無失点に抑えた。
2015年には、一軍公式戦への登板機会がなく、10月1日に球団から戦力外通告を受けた。通告後の11月10日には、シートバッティング形式の12球団合同トライアウト(草薙球場)へ参加したが、対戦した打者3人から二塁打1本を含む2安打を浴びた。
荒れ球ながら最速151km/hのストレートと130km/h台の高速スライダーを投げるなどスピードのあるピッチングが持ち味。
中京高校時代のチームメイトとして高森勇気(元横浜DeNAベイスターズ)がいる。
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