引地 信之(ひきち のぶゆき、1930年11月3日 - 1999年6月23日)は、山口県出身のプロ野球選手。
下関商業では第28回全国中等学校優勝野球大会、第19回選抜中等学校野球大会、第29回全国中等学校優勝野球大会、第20回選抜高等学校野球大会と4度甲子園に出場した。
卒業後は全下関でプレーし、1952年に大洋ホエールズへ入団。1年目からショートのレギュラーを獲得し、103試合に出場した。1952年5月18日の試合から1957年8月29日の試合まで708試合連続出場を記録。
1959年に引退し、1973年から1977年まで大洋でコーチを務めて1978年と1979年の2年間は二軍監督を務めた。
その後は地元下関でスカウトを担当し、1990年に統一ライオンズで日本人初のコーチに就任した。1999年6月23日に心筋梗塞のため亡くなった。
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