島本講平の出身高校
島本講平 プロ野球選手
- 島本講平卒業高校
- 北見柏陽高校 偏差値 北海道高校偏差値ランキング
- プロ野球選手ランキング
- 2497位 / 4783人中 プロ野球選手別偏差値ランキング
- 性別
- 男性
- 生年月日
- 1952年11月1日生まれ
島本 講平(しまもと こうへい、1952年11月1日~)は和歌山県生まれの元プロ野球選手である。和歌山県立箕島高等学校 箕島高時代はエースで4番打者として活躍し、1970年の春の高校野球選抜大会でエースで4番を務め、全国制覇した。端整なマスクで前年の太田幸司に続いて甲子園のアイドルとなり、岐阜短大附属高の湯口敏彦(同年読売ジャイアンツ 巨人1位)、広陵高等学校 (広島県) 広陵高校の佐伯和司(同広島東洋カープ 広島1位)と共に高校三羽烏と呼ばれ大いに騒がれた。その年のドラフト1位で野村克也監督の福岡ソフトバンクホークス 南海から指名され入団。1971年のオールスターで、高卒ルーキーながらファン投票で選出される(※一度も守ったことのない、ファーストで選出)。ちなみに1年目の成績は16打数3安打(3ホームラン)。打撃も優れており当初は投手と二刀流を目指した。その後、打者に専念し1975年に大阪近鉄バファローズ 近鉄に移籍、1985年に現役を引退した。
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