小泉純也の出身高校
小泉純也 議員
- 小泉純也卒業高校
- 鹿児島実業高校 偏差値 鹿児島県高校偏差値ランキング
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- 340位 / 885人中 議員別偏差値ランキング
- 性別
- 男性
- 生年月日
- 1904年(明治37年)1月24日生まれ
小泉 純也(こいずみ じゅんや、明治37年(1904年)1月24日 - 昭和44年(1969年)8月10日)は、昭和期(1930年代後半-1960年代)の政治家。衆議院議員、防衛庁長官。衆議院議長、逓信大臣を歴任した小泉又次郎の養嗣子。小泉純一郎内閣総理大臣 首相の父。旧姓は鮫島。二ックネームは安保男。名前の「純也」はしばしば「すみや」と読まれるが、「じゅんや」が正しい。明治37年(1904年)1月24日、鹿児島県川辺郡 (鹿児島県) 川辺郡東加世田村(現・南さつま市)小松原に生まれる。家が貧しかったため、小学校を出ると鹿児島市内に出て、山形屋百貨店の丁稚となり、夜は鹿児島実業高等学校 鹿児島実業に通った。代議士岩切茂雄の書生となって、日本大学法学部政治学科の夜学に通わせてもらい昭和5年(1930年)卒業し、岩切の紹介で立憲民政党の職員となる。当時民政党の幹事長となっていた小泉又次郎のもとに出入りし、それが縁となり小泉家の家族と接するようになった。やがて小泉家に出入りするうちに又次郎の長女・芳江と恋仲になった。二人の恋愛に又次郎は反対だったが純也と芳江は又次郎の反対を押し切り駆け落ち同然に家を出て同棲した。結局、又次郎のほうが折れて純也が代議士になれたら一緒になることを許すとして認めることになった。
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