鰐淵晴子の出身高校
鰐淵晴子 タレント
- 鰐淵晴子卒業高校
- 大西学園高校 偏差値 神奈川県高校偏差値ランキング
- タレントランキング
- 1675位 / 2233人中 タレント別偏差値ランキング
- 性別
- 女性
- 生年月日
- 1945年4月22日生まれ
鰐淵 晴子(わにぶち はるこ、1945年4月22日 ‐ )は、日本の女優・歌手・バイオリニスト。
1995年、『眠れる美女』などで毎日映画コンクール女優助演賞受賞。
東京都出身。大西学園高校卒業。身長165cm、体重48kg。二度結婚しており、一番目の夫は服部時計店の服部敲(鰐淵-服部の間に子供なし)。二人目の夫で写真家タッド若松との間に元タレントの鰐淵理沙を儲けている。
新潟県長岡市出身のバイオリニスト・鰐淵賢舟と、ハプスブルク家の末裔の一人であるオーストリア人の母の間に出生。兄弟は他に妹・朗子がいる。父・賢舟の指導のもと3歳からバイオリンの英才教育を受け8歳で全国を演奏旅行。当時は「天才少女バイオリニスト」として話題を呼んだ。母との縁でTBS系『世界・ふしぎ発見!』にゲスト解答者として出場したことがあるが、結果は惨憺たるもので「ご先祖様に申し訳が立たない」とコメントした。
1952年に「母子鶴」で映子(配役:若尾文子)の少女時代を演じ映画初出演、1955年、『ノンちゃん雲に乗る』主演で本格的に女優活動開始。以降、映画『乙女の祈り』『あんみつ姫の武者修行』などに主演。1960年代前半は松竹を代表する映画スターの一人だった。
1956年コルティナダンペッツォオリンピックでアルペン3冠王になったオーストリアのトニー・ザイラーが来日して主演した映画『銀嶺の王者』(松竹、1960年)ではザイラーの相手役に選ばれた。1995年には『平成無責任一家 東京デラックス』、『遙かな時代の階段を』、『眠れる美女』の3作品などで個性的な役柄を演じ分け、その年の毎日映画コンクール女優助演賞を受賞している。
1960年代にタッド若松が撮影したヌード写真集を発表したが、アート性の高い内容は非常に高い評価を受け歴史に残っている。1977年の東映映画『らしゃめん』は彼女のヒットソングに便乗して企画された主演映画だが、当時の夫・タッド若松が鰐淵の場面のみ撮影を担当。現場は混乱し、監督の牧口雄二は二十数年を経てのインタビューでも怒りを収めていない。
毎日映画コンクール 女優助演賞 - 1995年
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