衣笠祥雄の出身高校
衣笠祥雄 プロ野球選手
- 衣笠祥雄卒業高校
- 龍谷大学付属平安高校 偏差値 京都府高校偏差値ランキング
- プロ野球選手ランキング
- 2239位 / 4783人中 プロ野球選手別偏差値ランキング
- 性別
- 男性
- 生年月日
- 1947年1月18日生まれ
衣笠 祥雄(きぬがさ さちお、1947年1月18日 - )は、京都府京都市東山区出身のプロ野球選手、野球解説者である。1964年、平安中学校・高等学校 平安高校3年時、選抜高等学校野球大会 春のセンバツと全国高等学校野球選手権大会 夏の甲子園に捕手 キャッチャーとして出場し、いずれもベスト8の成績を残す。翌1965年、広島東洋カープ 広島カープに入団。白石勝巳監督の方針で内野手に転向し、1968年から一塁手 ファーストとして一軍レギュラーに定着。1975年にはジョー・ルーツ監督により、三塁手 サードにコンバートされる。この年、5番打者として4番の山本浩二と共にクリーンナップの一翼を担い、球団初のセントラル・リーグ セ・リーグ制覇に大きく貢献した。特に、オールスターゲーム (日本プロ野球) オールスターゲームにおける山本との二打席連続アベックホームランは、現在でもオールスター屈指の名場面として語り草になっている。その後も赤ヘルの主砲として、1976年には最多盗塁 盗塁王、1984年には最多打点 打点王を獲得、同年のチームのリーグ優勝・日本選手権シリーズ 日本シリーズ制覇に伴って最優秀選手 (野球) MVPにも輝いた。1970年代 70年代後半~1980年代 80年代の広島黄金時代を築き上げる原動力となった選手の一人である。
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