立作太郎の出身高校
立作太郎 学者
- 立作太郎卒業高校
- 偏差値 高校偏差値ランキング
- 学者ランキング
- 757位 / 1027人中 学者別偏差値ランキング
- 性別
- 男性
- 生年月日
- 1874年(明治7年)3月15日生まれ
立 作太郎(たち さくたろう、1874年(明治7年)3月15日 - 1943年(昭和18年)5月13日)は、日本の国際法学者。東京帝国大学教授。
東京で旧幕臣・立嘉度(よしのり)の息子として生まれ、伯父・立嘉一(広作、外務省文書権正・大蔵省大丞)の養子となる。共立学校、第一高等学校を経て、1897年7月、東京帝国大学法科大学政治学科を卒業。同年10月、大学院に進み国際公法を専攻。1900年6月、外交史研究のためヨーロッパに留学。1901年3月、東京帝国大学法科大学助教授に発令され、1904年3月に帰国した。
1904年4月、東京帝国大学法科大学教授に就任し、外交史の講座を担当。翌年から国際法の講座も兼担した。1905年4月10日、法学博士の学位を取得。
1908年9月、ロンドンにおける海戦法規会議専門委員として欧米へ出張し、1909年12月に帰国。1918年12月から1919年9月までパリ講和会議随員として出張。1920年11月29日、帝国学士院会員となる。1921年9月、東宮職御用掛に就任。同年9月から1922年2月までワシントン会議随員として出張。1934年3年、東京帝大法学部教授を依願免本官となり、同年6月、同大名誉教授となる。同年12月、常勤の外務省嘱託に就任した。
国際法理論を体系化し、国際的政治問題を国際法的視点から分析した著作を著わした。
NDL-OPAC
立作太郎の関連人物
学者偏差値ランキング
職業から有名人の出身卒業高校を探す
学者偏差値ランキング