石井義信の出身高校
石井義信 プロサッカー選手
- 石井義信卒業高校
- 広島工業高校 偏差値 広島県高校偏差値ランキング
- プロサッカー選手ランキング
- 597位 / 814人中 プロサッカー選手別偏差値ランキング
- 性別
- 男性
- 生年月日
- 1939年3月13日生まれ
石井 義信(いしい よしのぶ、1939年3月13日 - )は広島県福山市出身の元サッカー選手で、サッカー指導者、元サッカー日本代表#歴代代表監督 日本代表監督(1986年 - 1987年)。現役時代のポジションはミッドフィールダー。広島県立福山葦陽高等学校 福山葦陽高等学校を卒業後の1957年、東洋工業サッカー部に入部。日本サッカーリーグ(JSL)創設からの4連覇では相手のキーマンをマークする役をこなし黄金時代に貢献した。1965年と1967年には天皇杯全日本サッカー選手権大会 天皇杯優勝も経験した。1962年にはサッカー日本代表 日本代表に選出されるが出場は1試合のみである。1968年、広島出身の藤田正明 藤田一族の経営する藤和不動産が、藤和不動産サッカー部を新たに栃木県那須に創設。東洋工業の名将・下村幸男と共にコーチ兼任として迎えられチームを強化、栃木県四部リーグのスタートから1972年僅か3年でJSL1部に昇格させた。1975年、フジタ工業サッカー部に名称変更東京移転後、監督に就任し超攻撃型なブラジル型のチーム作りを行い、マリーニョ、カルバリオ、セイハン比嘉、古前田充、植木繁晴、上田栄治らを率いて1977-78年シーズンを史上最多得点(64得点)でJSLを初制覇すると1979-80年も優勝。1977年、1979年と天皇杯も2度制覇した。
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