後藤孝志の出身高校
後藤孝志 プロ野球選手
- 後藤孝志卒業高校
- 中京大学附属中京高校 偏差値 愛知県高校偏差値ランキング
- プロ野球選手ランキング
- 1123位 / 4783人中 プロ野球選手別偏差値ランキング
- 性別
- 男性
- 生年月日
- 1969年5月14日生まれ
後藤 孝志(ごとう こうじ、1969年5月14日 - )は、愛知県一宮市出身。昭和末期から平成期(1980年代後半~2000年代前半)のプロ野球選手。本名及び1992年までの登録名は後藤孝次(-こうじ)。守備位置は内野手(三塁手・一塁手)。チーム事情により外野手に一時転向していたため、内野手再転向後も度々外野を守った。小学校では捕手として近藤真市(元中日ドラゴンズ 中日)とバッテリーを組んだ。中京大学附属中京高等学校 中京高で1987年に甲子園大会に出場。高校通算33本塁打。同年のドラフト会議 ドラフト2位で読売ジャイアンツに入団。しばらく2軍生活が続いたが1991年に1軍で初出場。1995年からは吉村禎章、福王昭仁に次ぐ左の代打として起用される様になり1軍に定着した。1999年には自己最多の112試合に出場し、ガッツ溢れる勝負強い打撃以外にも守備も定評があり、内外野どこでも守れたため重宝された。2002年には、西武ライオンズとの2002年の日本シリーズ 日本シリーズ第4戦で決勝タイムリーを放ち、チームの日本一に大きく貢献した。2003年は9回に数多く起用されサヨナラ本塁打や同点タイムリーを放つなど活躍し、「ミスター9回」又は「9回の男」の異名が付いた。しかし2005年には若手選手の積極的な起用により、シーズン開幕から1軍になかなか昇格することが出来ず引退試合の1試合の出場に留まり、戦力外通告を受け現役を引退した。復帰したばかりの原辰徳監督の勧めもあり、2006年にはニューヨーク・ヤンキースにコーチ留学する。
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