小見川道大の出身高校

小見川道大 スポーツ選手

小見川道大卒業高校
土浦日本大学高校 偏差値 茨城県高校偏差値ランキング
スポーツ選手ランキング
478位 / 2530人中 スポーツ選手別偏差値ランキング
性別
男性
生年月日
1975年12月19日生まれ

小見川 道大(おみがわ みちひろ、1975年12月19日 - )は、日本の男性総合格闘家、元柔道家(元柔道強化指定A選手)。茨城県出身。土浦日本大学高等学校、国際武道大学卒業。NEO JUDO ACADEMEY所属。柔道三段。小見川道場師範。

ワイルドな風貌から「吉田道場の荒獅子」、「柔の餓狼」の異名を持つ。柔道とボクシングを合わせた、ネオ柔道という独自のファイトスタイルを有する。

総合格闘家の小見川和隆は実弟。

小学校1年から柔道を始める。土浦日大高校では、同じ柔道部所属の桜井"マッハ"速人、レスリング部の宮田和幸と同級生であった。国際武道大学時代には野村忠宏、中村行成に勝利したこともある。同じ吉田道場所属の中村和裕は、大学の後輩にあたる。大学卒業後は、綜合警備保障で柔道を続けた。1998年2月、ハンガリー国際66kg級優勝、2002年1月、日本国際66kg級優勝、2003年、7月 トレトリ国際66kg級優勝などの実績を残した。柔道時代も寝技を得意としていて、2001年にはアマチュア総合格闘技大会JTCに出場し、ベスト8。

2005年5月1日、吉田道場所属になったことを発表。同時にリングネームを小見川 道大とした。

2005年5月22日、プロデビューとなったPRIDE 武士道 -其の七-でアーロン・ライリーと対戦し、1Rに右ハイキックでKO負け。

2005年12月3日、Cage Rage 14でジェシアス・カバウカンチと対戦し、1Rに右フックでKO負け。

2007年9月22日、UFC初参戦となったUFC 76でマット・ワイマンと対戦し、0-3の判定負け。

2008年1月23日、UFC Fight Night: Swick vs. Burkmanでチアゴ・タバレスと対戦し、0-3の判定負け。UFC2連敗となり、UFCをリリースされた。

2008年8月16日、日本復帰戦となったGLADIATORでジョン・チャンソンと対戦し、0-3の判定負けを喫した。

2009年1月18日、これまでの70kg級から65kg級へ階級を下げ、初参戦となった修斗で石渡伸太郎と対戦し、判定ドロー。

2009年3月20日、戦極初参戦となった戦極 〜第七陣〜のフェザー級グランプリ1回戦でL.C.デイビスに判定勝ちを収めた。試合後、リング上で「俺が負けると思ったやつら、クソッタレ!」とかつてのエンセン井上を思わせる叫びをあげた。この「クソッタレ」をプリントしたTシャツが発売されるなど小見川の代名詞ともなった[7][8]。5月2日、戦極 〜第八陣〜のフェザー級グランプリ2回戦でナム・ファンにパウンドによるTKO勝ちを収めた。

2009年8月2日、戦極 〜第九陣〜のフェザー級グランプリ準決勝でマルロン・サンドロに判定勝ち、決勝では金原正徳に判定負けとなり、準優勝となった。

2009年11月7日、戦極 〜第十一陣〜のフェザー級チャンピオンシップ挑戦者決定戦で幻の決勝戦の相手であった日沖発と対戦し、ベストバウト賞を受賞する熱戦を繰り広げ2-1の判定勝ち。納得のいく勝ち方ができず、試合後のリング上で「小見川道大、クソッタレ!」と叫んだ[9]。

2009年12月31日、Dynamite!! 〜勇気のチカラ2009〜のDREAM vs SRC 対抗戦で高谷裕之と対戦し、右ストレートでダウンを奪ったところにパウンドで追撃しTKO勝ちを収めた。

2010年4月25日、吉田秀彦引退興行 〜ASTRA〜でミカ・ミラーと対戦し、3-0の判定勝ちを収めた。

2010年6月、自身の子供が生まれた。

2010年7月10日、DREAM初参戦となったDREAM.15でジョン・ヨンサムと対戦し、フロントチョークで自身初の一本勝ちを収めた。

2010年9月25日、DREAM.16でコール・エスコベドと対戦し、アームバーによる一本勝ち。試合後のリング上で「世界のフェザー級の、世界の中心は俺だ」とマイクアピールした[10]。

2011年2月5日、3年ぶりのUFC参戦となったUFC 126でチャド・メンデスと対戦し、0-3の判定負けを喫した[11]。

2011年6月11日、UFC 131でダレン・エルキンスと対戦し、0-3の判定負け[12]。判定が物議を醸す内容であったため、負けた小見川にも勝利者ボーナスが支払われた[13]。

2011年11月5日、UFC 138でジェイソン・ヤングと対戦し、3-0の判定勝ちを収め、UFC初勝利となった[14]。

2012年1月14日、UFC 142でユーリ・アルカンタラと対戦し、0-3の判定負け[15]。

2012年8月4日、UFC on FOX 4でマニー・ガンブリャンと対戦し、判定負け。この試合を境にUFCをリリースされた。フェザー級でのUFC戦績を1勝4敗とした。

2012年12月31日、DREAM.18 & GLORY 4で川尻達也と対戦し、判定負け。

2013年6月22日、韓国で開催されたROAD FC 12でクォン・ベョンと対戦し、判定負け。4連敗となった。

2015年3月7日、神奈川県横浜市青葉台に小見川道場を開設。年少の部、小学生の部、一般の部とクラス別に柔道を指導。また、一般の部では"NEO JUDO"と称して「総合格闘技」も指導する[16]

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