中村武志の出身高校

中村武志 プロ野球選手

中村武志卒業高校
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616位 / 4783人中 プロ野球選手別偏差値ランキング
性別
男性
生年月日
1967年3月17日生まれ

中村 武志(なかむらたけし、1967年3月17日-)は、京都府出身。昭和末期から平成期(1980年代後半-2000年代前半)の元プロ野球選手(捕手)。愛称はたけし。中日ドラゴンズ 中日時代に当時の星野仙一監督が彼を姓を付けずに「たけし」と呼んでいたことから馴染みのある解説者や応援などで使用されることが多い。中日時代の応援歌は若手の頃『コンバット!』のオープニングテーマであった。花園高では甲子園出場こそ無かったが強肩強打で知られ、1984年のドラフト会議 ドラフトで中日ドラゴンズから1位指名を受け入団。その後、中日の監督になった星野に目を掛けられ、時には鉄拳も辞さない厳しい指導を受けて才能を伸ばしていった。以降、15年近く中日の正捕手としてマスクをかぶり続ける。安打のうち一割を本塁打が占めるなど、「恐竜打線」と恐れられた中日打線の一角を長期に亘り堅持した。特に、1991年7月19日、ナゴヤ球場で行われた読売ジャイアンツ 巨人戦で、最大8点差あったが、7回裏に落合博満のソロホームランで1点返すと、8回裏、徐々に中日が点をとり4点差とし、なおも満塁、足の故障の不安でベンチ入りしていた中村が代打で登場。同点とする代打満塁本塁打を左翼席最上段へ放つ。試合は延長戦に入るが延長10回、そのまま守備に入っていた中村が今度は左翼席中段へサヨナラホームランを放ち中日をサヨナラ勝ちに導いた。これにより「中日にはクリーンナップが2つある」「影の四番」などとも言われたことがあり、攻守のバランスの取れた中村に対して「中日の正捕手は10年間安泰」と言われた。しかし、走塁が非常に遅く、普通なら2塁に進めるようなヒットでも、そこでアウトになったりなどしている(ラジオの実況でアナウンサーが、あまりの遅さに「遅い! 遅すぎる、中村!」と叫んだこともある)。

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