上西小百合の出身高校
上西小百合 議員
- 上西小百合卒業高校
- 大阪教育大学附属高校天王寺校舎 偏差値 大阪府高校偏差値ランキング
- 議員ランキング
- 104位 / 885人中 議員別偏差値ランキング
- 性別
- 女性
- 生年月日
- 1983年(昭和58年)4月30日生まれ
上西 小百合(うえにし さゆり、1983年(昭和58年)4月30日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(2期)。「浪速のエリカ様」の愛称を持つ。日本維新の会で女性局事務局長を務めた。
1983年(昭和58年)4月30日、大阪府羽曳野市に生まれる。大阪教育大学附属天王寺小学校、同中学、同高校、神戸女学院大学を卒業。卒業後は日新火災海上保険に就職し2年間勤務した後、美容関連会社の阪南理美容に転職し2012年(平成24年)10月まで働く。同年3月に維新政治塾に参加した。学生時代は、天神祭の「ギャルみこし」や「うちわ娘」、愛染祭のキャンペーンガールにもなる。
2012年12月の第46回衆議院議員総選挙で大阪7区に日本維新の会公認で出馬。選挙区では自由民主党現職の渡嘉敷奈緒美に得票率3.8ポイント差で敗れ2位であったが重複立候補していた比例近畿ブロックで復活当選した。当選後は総務委員会、消費者問題に関する特別委員会、政治倫理審査会に所属。日本維新の会大阪府第7選挙区支部支部長、女性局事務局長、党道州制社会部会委員などを務めた。
2014年の維新分党に際して松野頼久らとともに橋下徹共同代表を中心とするグループに参加、その後の人事で党国会議員団副幹事長に就任。同年9月に維新と結いが合併して維新の党が結党すると引き続きこれらの役職を務めた。同年12月の第47回衆議院議員総選挙では大阪7区で渡嘉敷に再び敗れたものの、比例復活で再選。
2015年4月4日、大阪維新の会より除名され、同日維新の党も除名を決定した。これにより、無所属の議員として活動していくことを表明している。
2015年8月21日、自身の生い立ちや維新の会除名騒動について等の自伝に加え、写真家の西田幸樹による撮り下ろし写真も掲載したフォト自叙伝『小百合』を双葉社より刊行。
2012年12月20日、公職選挙法違反(買収)容疑で、上西の選挙運動を行っていた会社員が大阪府警に逮捕された。容疑は、12月中旬にさいたま市内で、関東地方に住む20代から30代の男性運動員3人に対し、公示後に選挙運動をした報酬として、1人当たり現金約20万円を渡した疑い。大阪府警捜査2課によると、容疑者は容疑を認め、運動員3人も事情聴取に対し「現金を受け取った」と供述している。これを受けて、日本維新の会の幹部は「『選挙違反はないように』と徹底して取り組んできたので残念。事実関係を調査し、厳格に対応する」と述べている。これにより、維新の会から厳重注意を受けた。
2015年3月13日に体調不良を理由に衆議院本会議を欠席するも、翌14、15日に知人男性と旅行に出かけていたことを週刊誌に報じられる。この報道に対して自身のFacebookにて一連の経緯に関して釈明を行い、4月3日には橋下徹大阪維新の会代表同席の下で記者会見を開き、「私的な旅行でなく、仕事での宮津市行きであった」と説明するも、翌4月4日に橋下は統一地方選の街頭演説中、上西本人に対して議員辞職を求めたが拒否されたと述べ、「許すことはない。あの議員とは二度と付き合わない」と発言。
橋下は上西に「1回辞めて、2年間3年間もう1回修行積んで、次の選挙の時に一生懸命努力して、また維新の党から出てしっかりやればいい。だから1回どうですか、時間置きませんか」と述べたところ、上西は「法に触れない限りは議員の身分は奪われません」と答え議員辞職を拒否し、「いや、もう、それだったら除名で結構です」と答えたという。
維新の党の江田憲司代表は、4日にも党として厳しい処分を決める方針を明らかにし、党紀委員会を開き上西を党から除名(除籍)処分とする決定をし公表した。上西の処分決定後、大阪維新の会幹事長(大阪府知事)の松井一郎は「(上西を議員に)擁立した責任はこの僕にある」と悔悟の言葉を述べた。上西は維新の党幹事長の松野頼久に対して「議員辞職はしない」と表明し、朝日新聞の取材に対しても「議員辞職はせずに無所属で頑張っていく」とコメントした。
2014年4月の衆議院総務委員会において、上西の質問中に、委員会室にいた大西英男(自民党)から「まず自分が子どもを産まないとダメだぞ」というヤジを受けた。大西は当初朝日新聞の取材に対し「記憶がない」と述べていたが、のちにこれを認め、謝罪を行った。
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