上條恒彦の出身高校
上條恒彦 タレント
- 上條恒彦卒業高校
- 松本県ヶ丘高校 偏差値 長野県高校偏差値ランキング
- タレントランキング
- 605位 / 2233人中 タレント別偏差値ランキング
- 性別
- 男性
- 生年月日
- 1940年3月7日生まれ
上條恒彦(かみじょうつねひこ、1940年3月7日 - )は俳優、歌手。長野県東筑摩郡朝日村 (長野県) 朝日村出身。三歳の時に父親をガンでなくす。朝日中学を経て、1958年長野県松本県ヶ丘高等学校卒業後、同年4月上京。大森の荒物問屋の住み込み店員を手始めに、新聞店の配達員、サンドイッチマン、コンクリート工場の工員、ダンプカーの運転手、旅館の下働き、うたごえ喫茶の歌手など、約15種類の職業を経験する。1964年3月、初めて労音の仕事をし、世に出るキッカケができる。1968年結婚。翌年、長男の恒、次の年に次男の契が生まれる。1969年NHKのステージ101の初期メンバーとしてレギュラーになる。1971年グループ「六文銭」と共演した曲「出発の歌(たびだちのうた)」で、三重県合歓の郷の「ポピュラーソング・フェステバル”71」でグランプリ受賞。次いで、11月、第2回世界歌謡祭でグランプリを獲得。翌年1972年には紅白歌合戦で、ヤング101と共に、晴れやかで若々しい初出場を飾った。また、フジテレビジョン フジテレビ系列の時代劇「木枯し紋次郎」の主題歌「だれかが風の中で」を歌い、ヒットさせる。9月には「日本歌謡祭」で「橋」が入賞。1973年には、2月、沖縄海洋博の歌「珊瑚礁に何を見た」を吹き込む。「さよならの世界」で第4回世界歌謡歌唱グランプリを受賞。
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